村田沙耶香さんの世界99、めちゃめちゃ面白かった。
たぶん面白いとかそういうんじゃなくて本当は「うーん、とても考えさせられる一冊だった」みたいなのがこの世界99への感想なんだと思うけど、ただただ面白かった。
ここでは村田沙耶香さんの世界99の感想を書く。
バカリズムの本版
なんか「究極の思考実験」とかよくわからんキャッチコピーが本自体にデカデカと載ってるんだけど、個人的にはバカリズムのネタを長編小説にしただけなやつに感じた。だからずーっと面白い。
バカリズムって女子のあるあるをすごい皮肉ってネタにするじゃん。「え〜!かぁわぁいぃいぃ〜!」「え、一緒にインスタ撮ろ?」みたいな。
あれがずーっと書かれてる小説。
あれをお笑いにするとバカリズムになって、社会派?な小説にすると世界99になるんだなー、っていう感じ。
世界99の主人公の空子は自分というものがない、と自分では思ってて、コミュニティによって自分の性格を賢く使い分けてる系女子。いわゆるペルソナたくさん系女子。
…ただこれって空子、というか女子だけじゃなくて、ほとんどどんな人間でもそうだと思う。
子供らしい振る舞いを期待されてたら子供らしく振る舞うし、年下らしい振る舞いを期待されてたら年下らしく振る舞う。
恋人の友人に会うときはユーモアがあって余裕のあるモテ男をできるだけ演じるし、恋人の両親に会うときは誠実で真面目であろうと演じようとする。
若くして夫を亡くしたかわいそうな未亡人らしい振る舞いを周りに期待されたら人前に出るときは、常に瞳を濡らし全ての所作で物憂げな感じを出し、服もダークカラーを基調とし、決して牛丼を大盛りで頼むような、それから腹を抱えて爆笑するような事はしないで人と接する。
これってなんでもない、普通のことだと思う。
そんなよくある女子、というか人間の空子と対極に描かれてるのが白藤さん。
簡単に言うと学級委員長みたいな、頑固すぎて生きづらいだろうな〜っていう性格を凝縮したようなキャラ。
結局周りに合わせるor合わせない、ってのをリアルよりもほんの少し極端にした二人が主役で描かれてる小説になってる。
んで世界99ではとにかくバカリズムの皮肉みたいな、ああ、確かにそうだよな、っていうのをこれでもかと畳み掛けてくる。
それがおもろい。
意識高い系のやつらの会話の再現とか、反対にギャルの会話の再現やら、そういうのがとにかく面白い。
空子はいろんなクラスタのコミュニティに籍を置いていて、そのコミュニティごとにペルソナをガラリと変えて生活してる。
でも別にそれぞれに感情移入してないわけでもなく、例えばロハスとか言い出しそうな意識高い系コミュにいる時はその考えが正しいと心の底から感じ、反対にノリが命!みたいなコミュにいる時はその場当たり的な生き方がいいと心の底から感じてる。
…で、これってまさしくオレらだよな、って。すごいスケールでのあるあるぶっこんできたなって。
何かしらのコミュニティに属してるとそこの意見が自分の意見のように勝手になっていく。
だから例えばオレ自身、右翼活動してるアカウントと左翼活動してるアカウント2つ持ってたら、どっちの意見もその時々で正しいって思うだろう。
そういう人間の個性や思想の不確かさ、そういうのを皮肉るというよりは、人間ってそうだよね、結局周りからの影響で変容するだけの確固たる形のない不確かな存在だよね、と事実をただ書いてるというか。
それが面白い。
ああ、そうだよな、って。
でラストの白藤さんを見て、もはや人間ではなくなってしまった空子の感じた、人間らしさ、っていうのがまたいい。
結局、どんな人間であれ、どれだけ頑固でも、反対にどれだけ回りに合わせる人でも、生きてる中で絶対に変容していく。けれどそれでも自分であろうと思う事、それがすなわち人間であろうとする事なんだな、って。
自分であろうとする、その自分という概念すら周りからの刺激でいくらでも移ろい変わっていく不安定なものなのに、でもそれでも自分であろうとする。ただ効率的であればなんでもアップデードを行うロボットと人間の違いはそこなんだなって。
そういう小説だった。
面白いのになんかメッセージも入れ込んでくるホントにいい小説。
お話について
村田沙耶香さんの世界99のお話のあらすじはというと、
- 空子と白藤さんの学生時代から初老までを描いた作品
- ピョコルンという架空の性奴隷動物がいる世界
- ピョコルンは男とも女ともセックスができ、しかも人間の子供をなすことができるそんな世界
こんな小説。
個人的に面白くないな、と思った点としては、世界99の初期の方に多いんだけど、性描写の多さ。
主に空子やそのギャル友のHの話が多い。
たぶんここでこの小説を読むのをやめる人が多いだろうなーと感じた。中学生でセックスて、ビッチかよみたいに作品を薄っぺらと感じてしまう感情がたぶん読者としては出てくるはず。
オレもそうだった。
よくあるじゃん、おもんない小説なのにセックス描写だけちゃんとするしょうもない小説。セックス描写しておけば純文学なんだー!と思ってるようなしょうもない作品。
だから正直世界99の前半だけだと「あー、これセックス描写だけで読者稼いでるおもんない小説か」と思ってしまうと思う。
でもそうじゃないし、面白くない点はマジでその1点のみなんで、安心して下巻まで読み進めて欲しい。
世界99はディストピア作品らしいけど、個人的にはディストピアとは思わなかった。
まんま今の世の中と同じ。
結婚して家に入って夫や子供、ペットの奴隷のようにして生きる妻の立場とか、いろいろな集まりで会話するとき、例えば普段合わない親族と顔を会わせるとき、そのTPOに会った言葉や態度を取捨選択して話している事、そういう今の世の中で頻発しているあるあるを刻銘に描いている。
今の、というか昔からずーっと続いている生きづらさ、自らを摩耗してただ世の、そして家庭の駒となっている、そんな抑圧をただ描いている。
一番共感できたのが、捨て去る相手に対しては優しくなれる、という事。
確かに仕事を辞める、学校を卒業する、なんでもそうだけどその集団から離れる時って、人間って、なんか無駄に開放感というかそのコミュニティの人に対して寛大になれるというか。
ああ、そうだよなー!って。
卒業するタイミングで先生からお前正直扱いずらかったわとか言われても「あ、そうすか。あんたもめんどくさかったすけど」でお互い笑顔で終われると思う。だってもう会わないし!がでかいんだろう。それだけお互い窮屈だったんだろう。それが解放された。
結局人と人の関りはある種癒しかもしれないけれど、それと同じだけ束縛でもある。自分を誰かに合わせないといけない束縛。ペルソナをつけ続けないといけない窮屈さ。
あとはそうやってコミュニティによってペルソナを使い分けてても、結局年を取っていくと、良識のある大人、という一つの概念に揃っていく、という点。これも目からウロコだった。だから子供から見た大人はみんな同じような存在なんだっていうのを描いてくれている。
だって、そうあるのが楽だから。良識のある大人であるのが一番世間との摩擦を生まないから。
ロハスなペルソナ、子持ちのペルソナ、未婚のペルソナ、それらを使いわけるよりもただただ良識ある大人、というペルソナが楽でそれに落ち着いてしまうという事。でもだからこそ子供からすれば、信用のおけない大人、になってしまう。
なんていうか確かに人間って、周りの期待に合わせて行動してるだけだから、この本で書かれているようにただのロボットだと言ってもいいのかも、と思う。
上司らしく振舞う上司、部下らしく振舞う部下、理想の恋人らしく振舞う恋人、理想の子供らしく振舞う子供…。
もはや個がある必要はないし、そもそもその人の個は本当にその人の個だったのか。そもそも人の持つ「個」というのは本当に人と人の関りあいのない中で生まれるものなのか。ただペルソナを「個」と呼んでるだけではないのか。本当は空子のように、全人類が無個性で、ただ周りに合わせた結果、その「個」のようなものが生まれているだけではないのか。
なら「個」というのはただ周囲の人間の影響によっていかようにも変わるなにの意味をなさないものなのではないのか。
それはロボットと何が違うのか。
そんな小説。
でも最後に村田沙耶香さんの恩情か、それとも、そうあってほしいという願いなのか、白藤さんが最後まで、自分であろうとする、というシーンでこの世界99は幕を閉じる。
どうやっても周囲の影響で移ろってしまう自分、だけれどその自分を維持しようとする事が、ロボットにはない非効率性で、でも人間らしい誇りなんだ、という事を感じた。
個人的にはどんだけ生きづらい世の中だったとしても、自分を自分であろうとする気持ち、たとえそれが移ろったとしても、それでも自分を失っていいなんてあきらめないでよ、っていう小説だと感じた。
それはそれで白藤さんのように変わらない、というか時代に合わせて自分を変えていけない人はダメだ、かわいそうな人だ、という見方も出来るラストになってるんだけど、オレは白藤さんサイドを応援したい派だな。
白藤さんも白藤さんで自分の価値観に周りを引きづり込む事しかできてないから、それはそれで問題あるとは思うけど、どっちかっていうと、ね。
まとめ
村田沙耶香さんの世界99の感想を書いた。
まとめると、バカリズムの小説版で、もっというとバカリズムが女の挙動をバカにしてるけど、そのバカリズムも例えばダウンタウンなどの先輩に対しては有象無象の後輩と同じ後輩面するよね、反対に後輩にはどの芸人もするような先輩面で横柄に対応するよね、っていうのまで描かれてるのがこの作品。
結局人は人とのかかわりあいの中でしか自らを確立できなくて、確立できたとしてもそれはペルソナと何も違いがない。
だからこそ、自分で自分がどうありたいか、移ろってしまう自分だけどそれを思う事が人間であり、人間らしさなんだ、という小説だと思う。
…まー、人によって感じ方は違うからまったく違う感想の人も多いと思うし、そうやっていろんな感想がある小説はいい小説だと思う。
あとはまー、上の感想には書かなかったけれど、村田沙耶香さん自体の男女の考え方?がかなり偏ってるなとは思った。
そんなに女性だからって抑圧されてる?今、って。
女性だから家庭に入って性奴隷、家事ロボットにならないといけない、とかそんなの思ってる女性ってそんな多いのかな。
オレが男だから知らないだけかもだけど、そんな女性にとって生きづらい世の中なのか…。この小説自体が世界③で書かれてるんだよな。
0 件のコメント:
コメントを投稿