さあさあやってまいりましたは、無垢な白衣装に身を包む、あ、この少女。対しましてェ、あちらに見えるは岩の塊、土の塊、ツチクレ、ドカイどうとでも。
さあ始まる、今宵最後の大一番。どっちが勝っても、どっちが負けても、今日はこれでおしまいだァ。どっちに賭ける?サアサア、そこのお侍、あそこの女郎。
あー悪い、もう受け付けられねェや。時間超過、タイムオーバー。さあさあ、そうこうしてる間に、本編、はじまりはじまりぃ。
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「砦」での敗戦以降、どうもゴーレムの様子がおかしい。普段周りに無関心、というよりも周りを認知すらしていないようにすら見える囁きにもそれはわかったようだ。
囁きが唯一気づいたこととしては、ゴーレムの歩幅がいつもより大きい。
こうして肩に乗っていて、振動がいつもに増して背筋に響くのだ。だから、おかしい、と。
そういえば過去にも周りの人間、特にシュテル、の歩く速度がいつもより速かったことがあったと、囁きは思い出した。
気になって後をつけてみると、シュテルは足早に厠へと消えていった。
ふむ、どうやら便意を催していたらしい。なんともくだらない。サーダリー様への謀反、それに準じる密偵との密会かと思って後をつけてみれば。
そうなると。うむ、こいつも今腹痛を起こしているのか。昨日食べた肉まんが悪かったのか。と合点がいく囁き。
「あっちの川でするか?」囁きが川の方角を指さしながら言う。
「…?」
「…?急いでいるのだろう」
「ナニ ヲ イッテイル?」
人が急ぐ理由は本来星の数ほどあるのだが、囁きにとっては、自分以外の、他者が急ぐ理由はシュテルが教えてくれた便意以外になかったのだ。どうにも納得がいかない囁き。
「…気になるなら、わたしは薪でも集めに行くが?」
「…?ソウカ ソレ ハ タスカル」
「…??」
ますます訳が分からない。便意だろ?便意なんだろ?ゴーレムの便意はシュテルのとは違う??…わからない。いつもより振動の多い乗り心地に加えこの脳の重労働。急に頭痛がしてきた囁きだった。
……
…
川につくもゴーレムはそのへんに座ってただぼーっとしている。ゴーレムなりに周りの動植物に影響を与えないようにしているのだろう。
そうして、もう考えることもしんどくなった囁きはついに考えることをやめた。
……
…
静寂。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
いや厳密には静寂ではない。川の流れる音、時々、森の遠くで何かの動物が鳴く声。木の葉がすれる音。風の音。
……
…
ちょぽん。
川魚が跳ねる。囁きの目がふと、そちらに向かう。見るともなく眺める。いくつの時が流れたのかもはやわからない。ただ風の音だけが、川の音だけが続いていく。
本来なら、それらはただの塊であり、命を持たない二つ。時間によって朽ちていくことのなかった二つ。その二つの間を2匹のチョウがゆっくりと、ひらひらと、舞っていた。
……
…
昼の件。どうにも釈然といかない囁きだったが、それでも夜はやって来る。
寒さ対策、という意味では二人とも火はそれほど必要ないのだが、やはり夜行性の魔獣を遠ざける目的で火を炊く必要はある。
焚火に火をつける。
暖かな、といってもホムンクルスである囁きにはさほど感じられないが、とにかくこれで魔獣が近づいてくることはないだろう。
ゴーレムはといえば、冬の時期、時折シュテルがやっていたように両手を火に近づけて暖を取るような姿勢をしている。
「暖かいのか?」
「ワカラナイ」
「…ん?」
「ワカラナイ。ケド ナニカ オチツク … ト オモウ」
「そうか」
ゴーレムから視線を外し、囁きは火を見る。
ちらちらと炎がはじけ、また新しい炎が揺らめく。
確かに。
それが正しいのか、人間とはこういうものなのか、囁きにはわからない。しかし、揺らぎのある炎がちらちらとするのは不思議と心を鎮めてくれた。
--心か、わたしに、そんなものがあるのか
と思いながら、まぶたが重くなるのを感じる囁きだった。
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ここは。
焚火の炎がずいぶんと弱くなり、小さな煙とそして木が灰へと変わる最後の赤さを出しているのみだった。燻された煙たい空気が鼻をつく。
眠ってしまったのだろうか、と囁きは思う。
ふいに背後に気配を感じる囁き。咄嗟に、前方に飛び込み、さらに180度体を翻る。
「グググググッ…!ガァッ!」ゴーレムの拳が先ほどまで囁きがいた場所を鋭利にえぐる。
「どうした。やめろ」
続いて2発、3発。大きく振りかぶりながら、しかし俊敏に拳を繰り出すゴーレム。囁きは後ろに飛ぶようにしてなんとかそれを避ける。ブンっブンっ、という重いものが空を切る音。髪にかすれるほどの紙一重。
「どうしたのだ。一体」
「グググ…、」
これが究極の便意、便意の極地…なわけがないのは囁きにもわかった。ふがいない主に反旗を翻したのだろうか。…理由こそ違え、囁きがサーダリーのもとを去ったように。
突如、ゴーレムから普段とは似ても似つかない声がした。
「ググ…グ…、オマエ…、オマエの…」
「なんだ?」
「…オマエの思い通りにはさせぬ」
「何を、言っている?お前は何者だ」
「オマエは…、そうか。確かにオマエにはそう映るのだろうな」
「…?」
「とにかくオマエに渡すわけにはいかない。返してもらう」
意味が分からない。
普段カタコトでしか話さないゴーレムが普通にしゃべってるなんて。また、その違和感の中、内容もまた意味の分からないことを言う。
「…お前は、ゴーレム、なのか?」
「そうとも言えるしそうでないとも言える」
「…?」
囁きは思考につまづく。
しかしもう囁きは考えることがほとほとしんどくなっていた。思い返せば今日は考えることばかりだ。今対峙ている声の主が何者だったとしても、普段の、囁きの知っているゴーレムとは声色から何からすべて違うのだから、とりあえずこの声の主はゴーレムじゃないとシンプルに考えるようにした。否、思考を止めた。
だとして。ならゴーレムは乗っ取られているのだと結論した。
「どうするかはこいつが決めることだ。お前や、そしてわたしが決めることではない。」
先ほどのたんかの、何に、どれに。それは囁きにはわからなかったが、ほんの少しだけ声の主に迷いが生まれたように囁きには感じられた。
それでも、囁きはゴーレムに自分で選択をしてほしかった。囁き自身は意識出来てはいないが、それは自分自身をゴーレムに投影している結果なのかもしれない。心などという不確かなものを追い求めている自分自身を。
「斬って止める」
その台詞を待っていたのかどうなのか、ゴーレムが再び攻撃を繰り出す。ただもうちょっと戦闘描写書くのしんどいんで割愛する。あ、お鍋グツグツ言ってるし巻きで書かないと。
--踏み込みすぎた。
読みを誤った。瞬時にその事実が脳内を駆け巡る。さっと血の気がひく囁き。
次いでゴーレムの容赦ない拳が囁きの右わき腹をえぐる。
折れた肋骨が肺に食い込む。吐血しながら後方に大きく飛ばされる。
「ゼェー…ゼェー…ヒュー…ヒュー…」
なんとか剣を支えに立ち上がりこそしたものの、息が。息がうまく取り込めない。
呼吸が極端に浅くなる。傷口に左手で触れてみる。生暖かい。そしてまた喀血。
もう長く持たない。
いや、あと一撃、剣を振れるかも怪しい。それどころか立っている事さえ…。
容赦なく、そして怒涛の勢いで向かってくるゴーレム。
なんとか剣を地面から抜き、これが最後の呼吸になってもいい、と大きく深く呼吸を取る。激痛が走る。ふらつき、一瞬意識が持っていかれそうになる。
そして半歩ひいてから、剣先を相手に向ける。姿勢を低く。そして、そこから。向かってくるゴーレム目がけ一気に加速。渾身の力を込めた突きは硬い防御に防がれるも、それは予想の範疇。続いて、剣が上方に弾かれた反動をうまく取り込み、右足にぐっと力を込め、全身をねじりながら振りかぶり同じ個所めがけて全力の一撃。体重をすべてかけた一振り。
無理やりに、強引に。ゴーレムの硬い岩肌に剣筋を通す囁き。剣がほころびる。しかし構わない。これがきっと最後の一撃、自身が生涯、振るう事の出来る最後の太刀なのだから。
剣がゴーレムの硬い外角を切り裂く。
「はぁぁぁぁっ!」囁きがさらに最後の力を振り絞る。そしてゴーレムの核、赤く妖艶に光るその核に斬撃を与える。
「…グ、グゥゥゥ…」
動きを止めるゴーレム。同時にその場に崩れ落ちる囁き。
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チュンチュン
鳥の鳴き声が聞こえる。全身が痛…くない。
「…?」あれは、夢だったのだろうか。
「メ ガ サメタ ノカ」
「お前…」
「ササヤキ ネテル アイダ、 コレ タクサン トッテキタ。ハヤク タベル」
パチパチと音のなる方に首を動かしてみると、そこには川魚が焚火にさらされ、油を出しながらおいしそうに焼けていた。
「ササヤキ コレ タベタカッタ。 チガウ?」
「…ん、あ、ああ」
「ハヤク タベル」
「…そう、だな」
「にしても…モグ…なんというか…モグ…その…モグモグ…昨日の…モグ…なんというか…モグ…その…モグ…いや…モグ…もう…モグモグ…なんでもない…ゴクン!」
まるで早送りのような速度で、続けざまに魚を平らげていく囁き。
昨晩から、いや不審な歩行速度の件も踏まえると昨日丸一日とさらに今朝までも。もう考えることが本当の本当にしんどくなっていた囁きは、今はただ、味覚へと神経を向けることにしたのだった。
「…おいしい」
「ソウカ!」
……
…
「お前…、昨日…」
そう言いかけて、囁きの意識は夢へと落ちていった。昨夜の夢のようなものについて聞きたかったし、もちろん便意についても聞きたかったのだが、それ以上に昨夜の疲れの方が大きかった。
また、昨日とは違う、いつも通りのゴーレムの足取り、乗り心地がずいぶんと心地よかった。
「ドウシタ ササヤキ?」
「すう…すう…」
瞬間、囁きの体から力が抜けきったように後ろに倒れようとする。
ゴーレムがとっさに左手で、後ろに倒れそうになった囁きを支える。
「ササヤキ…? ネムッタ…ノカ?」
返事がない。
「メズラシイ。アア ササヤキ アレ タベタカラ カ」
こうしてゴーレムにも人間、少なくともホムンクルス、さらに少なくとも囁きは魚を食べたら眠たくなる、という随分間違った知識が一つ、増えることになった。
ゴーレムはいつもより、そっと、ゆっくりと歩く。肩で気持ち良さそうに寝むっている彼女を起こさないように、ゆっくりと。
--強敵の間「ゴーレム」突破
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