中原中也「タバコとマントの恋」「春と赤ン坊」

2022年12月21日水曜日

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もうゲームブログでも何でもないけど、最近中原中也さんの詩をちゃんと読ませていただいて、めっちゃハマってるんだよなー。正直ゲームブログは前も書いた通りそのゲームが好きじゃないと続けられないから。もう文学ブログに転身しようとも思ってる。

んでゲームそっちのけで何回も同じ詩読みなおしては気持ちよくなってる。


いやもう気持ちよくなれる言葉の羅列ってすごいよなーって。そんなん一つでも作れたらオレなら死んでもいいだろうって思うかもだけど、30歳でなくなってしまった中原中也さんを記事の題材に取り上げながらそれは不謹慎な気がすごいする。


今の所特にいいなーと思うのが「タバコとマントの恋」と「春と赤ン坊」。


「タバコとマントの恋」はもう意味わからなさ過ぎていい。

タバコとマントが恋に落ちて、なぜ身投げ心中を?そして相対界のノーマル事件って何?と短いのにガンガン進んでいくのが気持ちいい。最後の結びの句だけが「ああ、まあ確かにそれは言わんとしてることなんとなくわかるけれども」といったんそれまでの不条理さのせいか、その部分だけは一応、雰囲気で分かったつもりになるけど、しばらくして、んでなんでタバコとマントなん、とぶり返すやつ。


センスしか感じない。


「春と赤ン坊」はそれは電線ですがなんかいい。

んで結局赤ん坊なんじゃん。すんごい、もう言い切る前位の感じで「いいえ」って否定してきたじゃん。その後の「え、赤ん坊ですけど?」ドヤ、みたいなのがすごい心地いい。


まじでセンスしか感じない。


他の人の詩も読むようにしてるけど、やっぱりこういうぶっ飛んでる「え、なんでそこに飛んだの?」っていう言葉の羅列の方が好きなんだよなー。


今朝は寒いです。サギも早足で川を抜けて。
春はまだかな、春はまだかな、と枝を見る。
はた、と目を止める。その可愛らしいつぼみ。緑。いや緑青に。


みたいなのはまじで普通なんだよなー。AがあってBがあって、んじゃCですよね、っていう普通の流れ。音楽で言うならサブドミナント、ドミナント、トニックの王道コード。

何も面白くない。緑青っていう普通木の芽に使わない色合いを使ってる部分でちょびっと食欲そそられる程度。ようは単語でしか人の興味をひけてない。たぶん敢えて緑青って使ったんだから、想い人が病床に臥せってるとかそういう展開がこの後にあるんだろう。それか想い人とは別のお見合いが進んでいて、みたいな。その若々しい緑を素直に喜べない何かがあるから緑青なんだろう、って。


片や、


今朝は寒いです。サギも早足で川を抜けて。
それはライターですか?あなたが今、いとおしそうに引き出しに隠したのは
わたくしも実は、「くし」を引き出しに隠しております。それが見つからないか、ヒヤヒヤしながら


こっちの方が好き。ちょっとぶっ飛び加減が足りなすぎたけど、ニュアンスは伝わると思う。なぜそこに?っていう着地点の予想が誰にもつかなくなるジャズ感が好き。

こういう詩を書いてるのが中原中也さんなんだよなー。マジでもっと学びたい。


人を楽しませるっていうのは人の期待を裏切るってこと。

だから楽しい。普通なことなんてもう何年も何遍も溜息出る程度に経験してる。だから中原中也。

この人は本当に天才だと思う。そういうジャズ感を詩に入れつつも言葉の語感も完全に担保してる。絶対にまねできないと思わせてくる。

これが20才か…、って今の20歳なんてオレもそうだったけど、ただ大学行ってボケーと生きてるだけ。オイコン、新歓、ヒャッホーしてるだけのアホ。

世界で見たらどうなのか知らないけど、日本で見たら完全に人の質は劣化してると思う。それも大幅に。もちろんオレも含めて。


いやー、こういう詩に小学生や中学生の時に出会ってたら今ごろもっと思い通りに文章書けてたんだろうなー。なんで大学の時中原中也に傾倒しなかったんだろう。マジで後悔するよなー。

もし子供が生まれたらなんかいい感じに中原中也さんの詩集を子供の本棚に忍び込ませておこう。

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