幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ

2024年4月15日月曜日

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幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ(言った人不明)


こういった名言がある。

誰が言ったのか忘れたけれどと確かにこういった名言がある。何を隠そうちよのーとで名言を広く浅く学んだオレが言うんだから間違いはない。


最近、これは本当だな、と思う。以前は何ならバカにしていた。ウケてすらもいた。「何いってんのこいつ、超ウケるんですけどぉー」だ。

なもんで見事な掌返しだと思う。


名言とは違うけど、事象とそれから感じる事は別、という概念がある。

例えば金持ちからすれば100万円落としても大差ないが、貧乏人のオレからすれば100万円の損が出れば1年は引きずる、というような具合。

もっというと失敗から何を学ぶか、とも大いに関連する。

受験で結果は残念ながら不合格だったけれど、そこから何かを学んだり何かを感じたならそれはそれでアリなんじゃねーの、という考え方。

ただそれはその失敗からなにかポジティブなモノを学ぼうとする気持ちがまず無いと起こり得ない。


幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ


も結局はこれを言ってるのだと思う。

なにか事象が起こった際、それに対する感受機のようなものが人の中にあるように思う。

例えば通行人と肩がぶつかったときにイライラするかなんとも思わないか。

これも自分の中にイライラに対する感受機が存在するため、そのような事象が起こったときに、その事象と自分の中にある感受機が反応し、イライラする、という感情に行き着くんだと思う。

そして人によっては口論になり、警察沙汰になるのだろう。


そう考えると、幸せに感じるようななにか事象が起こったとしても、それに対する感受機か内面に備わっていなければその人は幸せを味わえないことになる。

例えば、今日は天気が良くて洗濯物がよく乾くわねぇ!とか、今日はスカートの丈短いギャルが多くていいな!とかそういう幸せの種のようなものを逃してしまうんだろうと思う。


笑うことでどこまでその感受機を備えられるのか、錆びついてしまったその機能を整備できるのか不明だが、少なくともしかめっ面で、まるで表情でこの世の全てに対する鬱憤を晴らそうとしているよりはマシだろう。

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