星野智幸「虹とクロエの物語」感想

2024年4月24日水曜日

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いや、本当に何の変哲もない、退屈な題材なのになんでか読まされちゃった、っていう感覚だなー。

ほんと何でもない話なのに。不思議と読み終わったら、いい本、だったな…。て思っちゃうような。

ここでは星野智幸さんの「虹とクロエの物語」の感想を。


とっても丁寧な本

虹とクロエの物語のあらすじはというと、


40歳になったおばさん二人が主人公。片や雑貨店を経営してるおばさんで、片や主婦して子供のいる主婦。彼女たち、クロエと虹子は学生時代ただただサッカーボールを相手に蹴る、受けとる、また蹴るという”会話”を特別なこととして、そして日常のこととして行っていた。彼女たちが今、40歳になって感じる事とは。


みたいなあらすじ。

ホンマになんてことないテーマで、このあらすじ読んでてもすんごい退屈に感じると思う。


3、40代の人が読めばそれなりに心情としてわかる部分があるから、なんかノスタルジーを感じるようなそんな本だとは思うけど、正直つまらなさそー…って思うだろう。


ただものすごい丁寧に描かれてるからそんな平凡なテーマでも読めちゃうっていうのがこの「虹とクロエの物語」のすごいところだし、この作家、星野さんのすごい所だと思わされた。

はじめて星野さんの本を読んだけど、結構当たりだったなーと感じる。


どのあたりがどう丁寧なのかというと、この物語にはクロエと虹子っていう二人の女の子が出てきて、彼女らが、まー、言ってしまえば社会譜適合者みたいな、子供のころから自分たちの事を他のクラスメイトとは違う、あんなに幼稚じゃない、って思ってるようなやつら。


別にグレてるわけでもなく、でも普通に学校に行って、普通にテレビの話をして、普通に恋バナをして、普通に受験勉強をして、普通に進学して就職して、結婚して子供育てて…。

そんな束のようにして生きていく人間達をどこか斜に構えて見ている。

そして自分はそうなりたくないと思っているし、唯一の友だちであるクロエ、クロエからすれば虹子のことを彼女だけはそんなつまらない人間じゃない、と相手をどこか神聖視している。


普通この手の話を作るとなると、虹子とクロエの違いをもっと対比して描きたくなるのが作家なのかなーと思うし、なんていうかもっとわかりやすく各キャラの個性を大げさに誇張して書きたくなる…と思う。

でもそれを一切しないのがこの本の魅力。


正直、今どっちがクロエでどっちが虹子のセリフ?ってかなりの頻度で感じながら読むことになる。それくらいこの二人が似ている。


これってめっちゃ丁寧な描写だと思う。

一番難しい事をやってるというか。ハンターハンターならヒソカを描く方が楽じゃん。でもこの本にはヒソカが出てこない。みんなトンパみたいなの。

だからものすごい丁寧に描かないと物語がのっぺりするはずなのに、そうなってないのがすごい。


クロエも虹子もお互いを神聖視するあまり、40歳になった自分とあの頃、最後に言葉を交わした、記憶の中の20歳の頃の親友の持っていたまぶしさとを比べてしまったり、そういう描写とか、なんとなくぎくしゃくしてる会話の雰囲気とか、そういう描写がとっても丁寧。

一人称で語られてるから、本当にその時相手がそう思ったのか、落胆させてしまったのか、そういうのは文面では描かれていない。それもまたいい。

恋人でもなんでもそうだけど、尊敬している相手の事を、自分の中で勝手に神格化してしまう事ってあると思う。それがきれいに、というか素直に描かれてる。


星野さんの文体がいいのもこの本の気持ちいい読後感につながってると思う。

”クロ”エと”虹”子という事で作中の描写にも色を意図的にたくさん使っていて幻想的。ただそういうきれいな描写があるのに、時々すごく雑な描写もあってそこは星野さんの意図的な書き分けなのかどうかわからないけど、個人的にはもったいなく感じた。


例えばだけど、小説で会話とかでなく、平の文で「チクショウっ!」とか使う小説が個人的に苦手で、チクショウ!と感じたことがあるならそれを文章で表現してほしいって思ってしまう。

小説家が心情の描写を「チクショウっ!」にゆだねてしまったらもうそれは職場放棄というか、それくらいの事だと思う。これでいいなら語尾に「W」付けたり、「笑」付けて楽しさを表す表現でよくなってしまう。


ただまー、今回の場合はそういう二面性のある文体だからこそクロエと虹子の等身大の人間味が描かれてる気もするし、こればっかりはもう何冊か星野さんの本を読んでみないと判別できない。


後、最後に嫌なことを書くのはアレなんだけど、ユウジの存在は必要だったのかな。

クロエの中の胎児(ユウジとの子供)にそのトンデモ能力(相手を吸う事で相手の性格を完全コピーできるという謎能力、物語上、ユウジは人間ではない…らしい)をつけて、そうすることでラスト、クロエ自身のこれからを描きたかったんだと思うけど、どうしてもこのトンデモ能力を胎児に授けたいから、ユウジというキャラを後付けで付け足したように感じてしまう。

そこまでしてクロエを吸う事でクロエと化した胎児、というキャラを物語に出す必要があったのかな。

急にファンタジー設定だし、いらない、のかなーと個人的には思う。ユウジと会う事が別にクロエと虹子にとって大きなインパクトのある事でもないし、もっとこの二人だけに着目する方がいい物語になったような気がする。

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