この「蜘蛛の声」は本でいうと、中村文則著「土の中の子供」に収録されてる短編小説である。
メインである「土の中の子供」の方はまあ普通だった。中村さんの小説にしては珍しくわかりやすいポジティブな終わり方をするのが印象的だったけれど、それだけ。たぶんこないだも書いたけれど中村さんの小説に慣れてしまって、この程度の刺激では満足できなくなってきてるんだと思う。
で、この抱き合わせにされてる短編小説「蜘蛛の声」。
それはまるで本という体裁を保つため、ページ数を担保するために仕方なく入れられたような存在なんだけれど、この「蜘蛛の声」が恐ろしく面白かった。
これが高校の教科書に載ってたらみんな小説隙になるんじゃないかなーってくらい素晴らしい作品。
中村さんの小説はあらすじを書くのが難しい。
話の軸としてのあらすじを書くべきか、それとも話の表層のあらすじを書くべきかわからなくなるからだ。
「蜘蛛の声」のあらすじ、表層の部分は、ある営業職に就いている若手社員が仕事を投げ出してホームレスになる話、軸としてのあらすじはそんなのじゃなくて自分を自分たらしめてるものについて、描かれてると思う。
で、さらに言うとあらすじもどうでもよくて、とにかく壊れていく世界観が気持ちいい。文体に乗せられていく感覚、スピード感がとにかく楽しい、っていうそんな作品。
「蜘蛛の声」はその特徴的な文体として、ほとんど会話部分がない。また改行もない。紙面ぎっしりに文字がつらづらと詰め込まれている。
普通なら少し面食らうところだけれど、中村さんの文体のなせる業だろうけれど、そのぎっしりと詰め込まれた文字の上を目が何の抵抗もなく進んでいく。
そしてどんどん加速していって、何かが大きくなっていって、大きくなっていって、その間も目は止まらない。新しい文字を欲している。内容じゃない、この文字の羅列を目から取り入れたいと脳が感じているのが分かる。もしこれが円周率であってもこの本であればそう思ったかもしれないほどに目が次の文字を追いかけたくて仕方がなくなる。
しかしあるとき不意にそれが終わる。すぅっと何もない状態になる。アイドル状態になった体が急に不均衡になる。
そうして本が終わる。
気持ちがいい。それだけが読後に残る。
中村さんの作品でいうとこないだも書いた「遮光」に近い。
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