清水義範「催眠術師」感想

2024年4月22日月曜日

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なんというか、小説っていうよりハウトゥー本としていい本だった。清水義範さんの「催眠術師」。

ああ、そういうものの見方もあるのか!っていう気づきの多い本というか。

ここでは清水義範著「催眠術師」の感想を。


「環境が人格を作る」ということ

  • 上司だから頼れる人間にならないと
  • 部下だから上司を立てないと
  • 学級委員長だから真面目にしないと
  • おばあちゃんから「いい子」と思われてるから里帰りしたらいい子らしく振舞わないと
  • 結婚したらいいパパにならないと
  • 誰かと付き合っていたら浮気しちゃいけない
  • やってはダメだから人を殺しちゃダメ


だれでも環境に溶け込むために自分の人格をそこに合わせるようにしてると思う。でもぼく(わたしの)根本の人格、アイデンティティは変えてないよ、みたいな予防線というか謎の誇りを持ちつつ。

だから学校ではこんな人格で、家ではこんな人格で、恋人の前ではこんな人格で、高校の同級生の前ではこんな人格で、大学の同級生の前ではこんな人格で…、ぜんぶ少しずつ違うと思う。

この小説ではそれも一つの催眠術、マインドコントロールなんだよ、っていう観点で書かれてる。

今までそういう風に考えたことがなかったので、こうやって物語としてそれを丁寧に描かれると「なるほどなぁ」と感心する。そしてその関心自体もこの本の思想にオレ自身がマインドコントロールを受けている事でもあり、そういう皮肉と言うか、それ含めて面白い小説。


小説の中の主人公も、テレビ局のディレクターとして精神病を番組のテーマとして扱いつつ「催眠術?そんな手品みたいな胡散臭いもの本当にあるの?」みたいな態度にもかかわらず、上司の言葉で自身の行動を決められてしまっていたり、チャット友達の人物像を文面から想像してしまっていたり、意図せず人間はいたるところでマインドコントロール、催眠を受けているというのがその大小を問わず並列で語られていく。


  • 夫が入院したら妻は毎日病室にお見舞いに行かないといけない
  • 新婚旅行は海外じゃないと格好がつかない
  • 入院中の息子を看病する母親は頼りがいがないといけない


それらとマインドコントロールの違いってあるの?という切り口で書かれてる。

環境が人間を人間たらしめてる、環境こそが人格を形成している。というのは面白い。自分の人格と自信をもって感じている、長年連れ添ってきたと感じているそれは、実は自分の真の人格なんて呼べるものではなく環境によって形作られたもの。そういうなんとも不確かなものなんだ、っていう。

そして人間はそういった固定概念に自分を当てはめることである種安心できる生き物でもある、とも。


この本を読むと今までなんか嘘くさいなーと思ってたマインドコントロールや洗脳、催眠が「まあそういやオレも気づかずにそういう固定観念たくさん植えられてるわな」と急に身近なものとして受け入れられるというか。

子供のころに親にしつこく叱られたこととか、学校の教育とかもマインドコントロールと言えばそうだしなー、と。それが正しい!って言われてるから誰も何も言わないけど宇宙人みたいな人間と道徳の違う存在から見れば、変な宗教のマインドコントロールと学校教育は同じものに映るだろうなーって。


小説の中で特徴的だったのが、主人公は子供のころのトラウマのせいで結婚を無意識に避けるようになってて、小説の最後にそのトラウマを自己催眠で克服する。けれど、その克服前の結婚に対する気持ちや姿勢がすでに、自分が過去に経験した暗い家族像という固定観念にこれからの自分を当てはめる事で発生するものだし、それを克服することで手に入れた結婚観もそれはそれでそういう一般的な結婚の固定観念に過ぎないって部分。

結局何をどう切り取っても人は何かを何かに当てはめないと生きていけない、というのが描かれてる。

その後の主人公の妻の言う「怪我が治りきってないから新婚旅行は海外じゃなくって、温泉にしましょ。温泉こそ怪我を治すのにいいんだから」っていうのも怪我したら海外にいかないものだ、温泉は湯治のためのものだ、という固定観念、マインドコントロールから来てる、っていうのも思わず笑ってしまった。いい皮肉だな、と。


花を見てきれいだと思う事も、春になれば桜がきれいに感じるのも、そう感じなければ、とどこかで思っているのかもしれないなー。

桜を見て気持ち悪いと思ったり、タンポポを見て怖すぎて腰を抜かしたり、パンジーを見て性的に興奮してもいいんだよな。


こうあるべき、こうじゃなくちゃいけない、ってやっぱ何かにつけて思ってるんだよなー、特にオレはだけれど。そうじゃない人も多いのかもだけど。

「歩きたばこはダメ!」とか「小さな子供連れで居酒屋来たら子供に悪影響だろ」とか「自転車でも道路の止まれで止まれよ」とか。

まーどれも規律的にはそうあった方がいい事なんだけど、それもそう思うようにオレがどこかでそういう思想を入れこまれたからだよなーって。

別に事故らなければ自転車止まらなくてもいいし、人がいなかったらタバコ吸ってもいいのかもしれないし、たまになら子供を居酒屋に連れていって夜更かしさせてもいいのかもしれない。


…うん、やっぱ自転車とたばこはだめだな。

でもまー、ようはそういう風にも考えられるよな、っていったんこりかたまった思考を数歩戻して考えられるようになるだけでも有用な本だと思う。


心理学で言うところの心理テクニックを小説の中にうまく溶け込ましているのも面白く、例えば教授の服装が立派なのも「権威性」という心理に基づいた描写だと思うし、やり手プロデューサーの使う心理テクニックは「一貫性」を使っているのかなと感じたり、心理テクニックの教本としても面白い作りになっている。


文学性はほぼないと思うけど、実用書として非常に優れた本だと思う。


ていうかそんなんよりこの清水義範さんの「催眠術師」の出版社がベネッセなのに驚く。チャレンジだけじゃないんだ。ベネッセって。

んで清水義範さんの吉川英治文学賞受賞作が「国語入試問題必勝法」て。

どういう本?今回のベネッセの件もあり逆に興味湧く。今度読んでみよう。

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